「ラストシーン」 p6
20100728
二年生の夏――先輩にとっては最後の夏の大会の後、私は練習に出る事が出来なくなってしまった。体調が悪い、などと適当に見え透いた嘘を吐いて、残り少なくなっていた夏休みを家に閉じ籠って過ごした。
笑われることが、怒られることが、怖かったのだ。
一週間、二週間……。そうしているうちに、だらだらと時間は流れてしまった。
明日こそは部活に顔を出なければと思うのだが、いざその“明日”になると、何か適当な理由をこじつけて――自分で自分を納得させようとして、先送りにし、練習を休み続けた。
弓道はもう辞めても良いと思っていた。
けれど。先輩たちの三年間の努力を水の泡にしてしまった事を謝らなければ。そのために一度部活に顔を出さなければと、ただそれだけを考えていたのだ。
無為に時間は流れた。先延ばしにすればするほど、ますます顔を出し辛くなっていった。
そしてついに、私は夏休みの最終日まで、部活に行く事無く――かといって他に何をするでもなく、エアコンの効いた自室で過ごしてしまったのだった。
八月三十一日。夏の終わりを感じさせる、そんな肌寒い夜。私は頭を抱えていた。
明日から新学期が始まる。学校に行けば部活の仲間とも――美月とも顔を合わせなければならなくなる。
どうしよう。
私は怖くて電源をつけられなかった携帯電話のスイッチを、恐る恐る入れてみた。
電源が入ると同時に、画面はメール受信のそれに切り替わった。電源を切っている間に送られてきたメールが受信されているのだろう。
メールボックスを見ると、部長や、同級生や――美月からのメールが届いていた。
怒っているんだろうな。大会で醜態を晒して、部活に出てこなくなった私を。いや、もう呆れ果てているのかもしれない。
もういいや、どうせ辞めるんだし。
そう思ってメールを開いたのだけれど。
けれど、メールの内容は――どれもが私を気遣ってくれているものだった。
『高橋さんが気にする必要は少しも無いです、あなたが私たちの為に懸命に練習をしてくれていたのは、誰もが分かって居ます』
そんな部長からのメール画面を見ながら――私は、届く筈も無いのに、泣きじゃくりながら、謝罪をした。本当にごめんなさい、と。
ごめんなさい、違うんです。私はそんなに――綺麗な人間じゃないんです。
『話し相手が欲しくなったら、いつでも電話してね』
私はそんな美月のメールに甘えて――彼女に電話を掛けた。頼りない電波が寝静まった街を飛ぶ。時間は午前零時。もう眠ってしまっているだろうか。
「ハロー。……あ、間違えちゃった。夜だからグッドイブニングかぁ」
長い呼び出し音に、やはりもう眠ってしまったかなと思った矢先。電話機から聞こえて来た美月の声に、私は緊張が解けていくのを感じた。
美月の事だ。敢えて“いつも通り”を心掛けてくれているのだろう。
「それよりさぁ」
何を言えば良いか躊躇った私を他所に、美月は続けた。
「もうすっかり夏も終わっちゃったよね。私、今ベランダにいるんだけどさ。羽織る物が欲しい感じなのね?」
美月のそんな言葉に、私も部屋の窓を開けてみた。なるほど、頬を撫でる夜風からは確かに秋の乾いた匂いがした。
「……美月」
「んー? どうしたの?」
「ごめん、美月」
「なに謝ってるのよ。……あ。ひょっとして、冷蔵庫にあった私のプリン食べたの、沙織?」
「私――部活辞める」
私がそう言うと、美月は言葉を詰まらせた。電話の小さなノイズの音だけが聞こえてくる。
「――沙織、ちょっと待ってて」
短い沈黙の後。美月は静かな、けれど力強い口調で言った。
「え? 待つって、何が?」
「十五分で沙織の家まで行くからさ。夜のお散歩をしよう」
笑われることが、怒られることが、怖かったのだ。
一週間、二週間……。そうしているうちに、だらだらと時間は流れてしまった。
明日こそは部活に顔を出なければと思うのだが、いざその“明日”になると、何か適当な理由をこじつけて――自分で自分を納得させようとして、先送りにし、練習を休み続けた。
弓道はもう辞めても良いと思っていた。
けれど。先輩たちの三年間の努力を水の泡にしてしまった事を謝らなければ。そのために一度部活に顔を出さなければと、ただそれだけを考えていたのだ。
無為に時間は流れた。先延ばしにすればするほど、ますます顔を出し辛くなっていった。
そしてついに、私は夏休みの最終日まで、部活に行く事無く――かといって他に何をするでもなく、エアコンの効いた自室で過ごしてしまったのだった。
八月三十一日。夏の終わりを感じさせる、そんな肌寒い夜。私は頭を抱えていた。
明日から新学期が始まる。学校に行けば部活の仲間とも――美月とも顔を合わせなければならなくなる。
どうしよう。
私は怖くて電源をつけられなかった携帯電話のスイッチを、恐る恐る入れてみた。
電源が入ると同時に、画面はメール受信のそれに切り替わった。電源を切っている間に送られてきたメールが受信されているのだろう。
メールボックスを見ると、部長や、同級生や――美月からのメールが届いていた。
怒っているんだろうな。大会で醜態を晒して、部活に出てこなくなった私を。いや、もう呆れ果てているのかもしれない。
もういいや、どうせ辞めるんだし。
そう思ってメールを開いたのだけれど。
けれど、メールの内容は――どれもが私を気遣ってくれているものだった。
『高橋さんが気にする必要は少しも無いです、あなたが私たちの為に懸命に練習をしてくれていたのは、誰もが分かって居ます』
そんな部長からのメール画面を見ながら――私は、届く筈も無いのに、泣きじゃくりながら、謝罪をした。本当にごめんなさい、と。
ごめんなさい、違うんです。私はそんなに――綺麗な人間じゃないんです。
『話し相手が欲しくなったら、いつでも電話してね』
私はそんな美月のメールに甘えて――彼女に電話を掛けた。頼りない電波が寝静まった街を飛ぶ。時間は午前零時。もう眠ってしまっているだろうか。
「ハロー。……あ、間違えちゃった。夜だからグッドイブニングかぁ」
長い呼び出し音に、やはりもう眠ってしまったかなと思った矢先。電話機から聞こえて来た美月の声に、私は緊張が解けていくのを感じた。
美月の事だ。敢えて“いつも通り”を心掛けてくれているのだろう。
「それよりさぁ」
何を言えば良いか躊躇った私を他所に、美月は続けた。
「もうすっかり夏も終わっちゃったよね。私、今ベランダにいるんだけどさ。羽織る物が欲しい感じなのね?」
美月のそんな言葉に、私も部屋の窓を開けてみた。なるほど、頬を撫でる夜風からは確かに秋の乾いた匂いがした。
「……美月」
「んー? どうしたの?」
「ごめん、美月」
「なに謝ってるのよ。……あ。ひょっとして、冷蔵庫にあった私のプリン食べたの、沙織?」
「私――部活辞める」
私がそう言うと、美月は言葉を詰まらせた。電話の小さなノイズの音だけが聞こえてくる。
「――沙織、ちょっと待ってて」
短い沈黙の後。美月は静かな、けれど力強い口調で言った。
「え? 待つって、何が?」
「十五分で沙織の家まで行くからさ。夜のお散歩をしよう」
スポンサーサイト