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「ラストシーン」 p4

20100721

 舞台を再び、卒業式の朝、誰も居ない朝の弓道場に戻そう。

 ――射法第二節、“胴造り”。
 私は前節の“足踏み”を受け、今度は上体の構えに入る。
 弓を正面に据え、矢を持った右手は腰の辺りに構えた。

 あの日、あの夕暮れの中で美月が言った言葉が、その涙が思い起こされ、風になって、私の心に小さな波を立てる。

 本来。

 弓道は正しい射法を行い、体格や筋力に合った弓を選ぶ事で、怪我の危険を抑える事が出来る武術だ。
 弓道に限らず、多くのスポーツなどでも、理論的に打ち立てられた“正しいフォーム”というのは基礎中の基礎であり、けれど最も会得の困難な技術の一つだろう。

 美月はまだ身体が出来ていない中学時代にハードな練習を課せられていたらしく、必然的に無理のある射法、フォームが癖に成ってしまったそうだ。
 身体、特に関節にどれくらいの負荷が掛っていたのかは、言うまでも無いだろう。

 そして美月は気付かないうちに、肘に爆弾を負ってしまった。
 中学時代の指導者が美月が二年生になると定年退職をし、新しい顧問がまるで弓道の素人だったことは、不運だったとしか言いようが無い。

 射法第三節、“弓構え”。
 身体の正面で取懸け、手の内を整えると、私は的を見据えた。
 今日は的がやけに遠く感じる――。

*

「これからは選手としてでは無く、部に貢献できたらと思います」

 それが美月の出した答えだった。
 あの夕暮れの海を見てから数日後の全体ミーティング。美月は部員全員の前で、毅然とした態度でそう言うと、私の方を見て少しはにかんだ。

 先輩も、同級生も、皆が驚いていた。後輩に至ってはすすり泣きを始める者までいた。
 遠野さんの分まで皆で頑張ろう、とか何とか。顧問の先生が皆に言葉を掛け、全員はそれぞれの練習に散っていった。
 美月は顧問の先生と何か話していた。

「あ、高橋さん。ちょっと待って」

 当時の部長が、同級生と外に走りに行こうとしていた私を呼びとめた。

「なんでしょうか、部長?」
「遠野さんの事は、とても残念だった」

 人が良い部長は、本当に心底残念そうな顔でそう言った。

 やさしい部長だった。
 だからきっと、私にこう言ったのも何も悪気があっての事では無かったのだろう。
 言葉の綾に過ぎない、と言うより事実だし、そんな小さな事を気にする私の方が、きっとおかしかったのだ。

「団体戦のメンバーなのだけれど、遠野さんの“代わりに”高橋さんにお願いしたいんだ」

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