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「父さんの夏休み」 01

20100801

 浅く、霞が掛ったように薄ぼやけた夢だった。僕はその中で――けれど大抵の夢がそうであるように、それが夢だとは少しも気付かずに、一組の男性と女性のやり取りを眺めていた。

「ごめん、これくらいしか思い付かなかった」
 三十を少し過ぎた辺りだろうか、ジーパンにポロシャツというラフな出で立ちをした男性が、少し照れ臭そうに言った。
「あのねぇ」
 男性と同じ年くらいの女性がベッドに腰を掛けたまま、少し怒った様な素振りを見せながら――けれどその目は優しい笑みを湛えて、言った。
 仕方ないわね、と。

「病人を見舞う時は、鉢植えの花は持って来ちゃ駄目なのよ?」
 その言葉に僕はぐるりと周囲を見回してみた。白く統一された室内。行儀良く並んだ幾つかのベッド。なるほど、どうやらここは病室らしい。女性が身に付けているのも入院着のようだった。

「え、どうして」
「病が“根付く”といけないから。まったく。そんな一般常識も知らないでどうするのよ」
 そう言って女性が笑った。身体を患っているとは思えない程、綺麗な笑みだった。
 まるで男性が手にしている向日葵のように。

「だから、これ位しか思い付かなかったんだって。花なんて、全然詳しくないし」
 男性が母親に窘められた少年のように少し不貞腐れて言った。

「でもね、本当は嬉しい。向日葵は大好きな花だから」
 女性がくすりと笑って、言った。それを受けて男性の頬も綻ぶのが見えた。

「ありがとう――あなた」

 *

 わざわざ起こされなくたって、自然と目が覚めてしまうような。そんな猛暑が続いていた。汗がシャツにべったりと染みていて、しかも妹に顔面を平手打ちを三往復ほどされて起こされたとなれば、僕の機嫌が損なわれるのも無理のない話ではあった。

 しかし。そんなことはお構いなしに。
「夏休みだからっていつまでも寝てたら時間が勿体無いでしょう」
 と、断固としてベッドから離れようとしない僕を足蹴にしながら妹は言った。

「……お前なぁ」
「何か文句でもあるの? 家にこんな粗大ゴミが転がっているだけでも不愉快極まりないのに、それをわざわざ起こしに来てあげた健気な妹に労いの言葉の一つも無いわけ?」
「世間一般の健気な妹は、兄に暴力を働いて足蹴にした挙句、それを“起こしてあげた”などと呼称はしないと思うのだけれどな……」

「大体ねぇ」
 妹は僕の反論を受けて、更に追撃を試みたようだ。
「大学生ってそんなに暇なわけ? 兄ちゃんが長期休暇に勉強をする訳が無いのは解るけれど。家でゴロゴロしているなら、アルバイトなり家事を手伝うなりすればいいじゃない。ひょっとして、我が家の兄は学生と言う皮を被ったニートなのかしら。困ったわね、私はこのまま一生寄生虫の面倒を看なければいけないの?」

「…………」

 返す言葉も無かった。何と言う圧倒的な言葉の暴力。
 僕としてもやられっ放しは気に障るのだが、如何せん寝起きであり、低血圧な僕には少々厳しい状況に追い込まれざるを得ないため、ここは黙って暴言の雨を遣り過ごすことにした。

 昔は素直で可愛い妹だったのだけれど。
 いつからこうなってしまったのだろうか……。
 中学生あたりから、だったろうか。

 我が家には母が居ない。妹が生まれてすぐに他界をしてしまったそうで、以来父が男手ひとつで僕と妹を育ててくれた。
 しかし、父は圧倒的に家事が苦手だったようで、妹が中学校に入学する頃には既に家の仕事の殆どは彼女が行うようになっていた。
 家庭に於いて、いわゆる“母親”のポジションに就いた妹は、確かにその頃から僕をあの健気な瞳で『お兄ちゃん』とは呼ばなくなった。
 “お”が抜けて『兄ちゃん』になり、僕に接する際の態度もそれに準ずるようになったのだった。

 僕に散々罵倒を浴びせて少しは満足したのだろう、妹はドアを大きな音を立てて閉め、僕の部屋を出て行った。

 台風一過。
 嵐が去り、突如訪れた平和。

 窓の外では蝉が高らかに声を上げ、その短い生を全うしようとしていた。カーテンを開けると、思わず目を細めてしまう様な青空に、まるで絵具の様な白の入道雲が背を伸ばしていた。

 そういえば。あの夢の病室からも、こんな空が見えたような――そんな気がした。

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