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(sideA-1)know future for you

20100823

 相変わらずですね。
 そんな言葉が口を付いて出てしまった。
 それがこの上なく嬉しく感じられたのは、この数年で本当に多くの事が変わり、僕がそれに翻弄されたからだろうか。
 
 時間は容赦なく流れる。
 いくら美しい思い出を胸に秘めていたとしても、僕たちは前を向いて歩かなければならない――けれど。
 変わらない物に安らかさを求めるというのは、誰にでも少なからず共通することだろう。
 例えば、故郷。
 あるいは、家族。

 しかし、時を経ても全く変わらない物など存在しない。時間は誰に対しても平等なのだ。
 学生の頃は安い居酒屋で水で薄めたみたいなビールを飲んでいた僕たちだったが、今日は久々の再会という事もあってか、繁華街を数本裏道に逸れた小洒落たバーでウイスキーのグラスを傾けていた。
 しかし彼女のお日さまみたいな笑い方や、その屈託の無さは学生時代と全く変わっていなくて。
 僕はつい、口にしてしまったのだった。
 先輩は相変わらずですね、と。
 
   *
 
「そんな御世辞を言ったって駄目なんだからね」
 からん、と音を立てて。手に持ったロックグラスを口に運びながら彼女は言った。
 しかしその言葉とは裏腹に、目尻に嬉しげな色を隠せていないのはもうウイスキーが四杯目だからだろうか。
「いえ、変わっていないというのは間違いでした。学生時代よりも洗練された大人の美しさを身に付けていらっしゃる」
 僕がわざと真面目な表情でそういったのは、もちろん、冗談だからだ。
 先輩は得意げな顔をしてみせたものの、我慢できなくなったのか、しばらくするとけらけらと笑いだした。

 彼女は僕の大学時代の先輩。
 東京の私立の音大で同じ楽器でオケに乗った事もあった。
「そう言えば、ホルンはまだやってるの?」
 笑い合った空気の余韻を楽しむように、先輩は目を少し細めながら尋ねた。
 おそらく本当に何も知らないのだろう。
 なにせ、先輩は去年まで日本に居なかったのだから。

 僕はピスタチオの殻を剥いてそれを口に運ぶと、小さく笑って首を横に振った。
 先輩はそれを横目で見て、ふうんと呟いただけだった。
 木目調のカウンターにはちょっとした沈黙が流れ、スピーカーから控え目なヴォリュームで流れるジャズピアノがその上をするすると滑っていった。
 カウンターの向こうではマスターが愛おしそうにグラスを拭いている。

 沈黙は少しも不愉快では無かった。
 気の利いた店で心を許した古い友人と美味い酒を飲んでいるのだから、そこに気まずさなどは微塵も無い。
 先輩は店の奥に置かれたピアノをぼんやりと眺めている。
 以前仕事で利用した事のあるこの店では、週末には生演奏が行われるという話を聞いたことがあった。
 その先輩の姿を見て思い出した。
 そういえばこの人はピアノも上手いのだったな、と。

「なんだかセンチメンタルな顔してるよ」
 僕の視線に気づいていたのか、先輩は柔らかく笑うとそう言った。
「もう、僕もあまり若くはありませんから」
 見抜かれていたのか、と思い少しだけ苦笑をして答えた。
「きみが若くなかったら、困る」
 先輩は瞳の奥をぎらりと光らせて言う。

「え?」
「だって。きみが若くないのなら、一体わたしはどうなるわけ?」
 眉間に皺を寄せた真面目な顔は、ふざけているのか、本気なのか。
 半々だろうと思い、同じように眉間に皺を寄せて答えてやる。
「楽器に好かれるには、少し歳を取っているくらいが丁度良いでしょう?」
「では、きみに好かれるには?」
 口元で笑いながら先輩が言った。

 一瞬思わぬ切り返しに驚きつつも、やれやれ、と胸中で呟いて僕は答える。
「たとえ還暦を迎えていたって先輩からのラブレターになら喜んで返事を書きますよ」
 ぺちん、と額を叩かれた。
「失礼な、わたしはまだ二十七です」
 それを若いと判断するか否かは人それぞれだろうが、僕たちがもう学生の頃と同じではないことだけは確かだった。

コメント

No title

ぺロ…これは続編!!

敢えて余った先輩を貰おうとする男…!
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