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(sideA-2)all the things you are

20100825

 そもそもこの何年ぶりの再会は、ある日僕の携帯に届いた先輩からのメールがきっかけだった。
 メールが届いた時には、いよいよ印刷所に〆切の延長を頼みに行かなければならないだろうかとすら思っていた。もちろんプライベートで酒を飲みに行く余裕など毛ほども無く、煙草の煙が充満する出張校正室に閉じ込められていたのだ。
 それから二週間ほど後、つまり今日。僕は晴れて印刷所の〆切に原稿を滑り込ませてこの小さなバーで酒を飲んでいるのだった。
 おまけに明日は休みである。
 となれば、酒が不味い訳がない。
 普段よりも速いペースで飲んでしまっていたのか、少しだけぼんやりとしている頭で僕は訊ねた。

「そういえば、どうして急に連絡をくれたんですか?」
「うーん。理由は二つ」
 先輩は少しも酔っている様には見えない顔で、カウンターの奥に並べられている様々な酒のボトルを眺めながら言った。
「ひとつは、単純にどうしているかなって思ったから」

 店内に流れる曲が僕の知っているものに変わった。
 オール・ザ・シングス・ユー・アー。

「変わり映えのしない毎日をつつがなく送っていますよ」
 僕は少し苦笑いをしながら言う。
「仕事は忙しいんじゃないの?」
「僕に与えられた仕事は三つ。企画書を編集長に破られるか、印刷所に頭を下げに行くか、作家先生の愚痴や泣き言に相槌を打つかです」
「それは……」

 そう言って先輩は宙に漂う言葉を探すように目線を左右させていたが、気の利いたものは見付からなかったようで、やがて諦めたように笑った。
 僕もそれに付き合って小さく肩をすくめる。
 旧知の人間と過ごす時間にのみ感じられる穏やかな空気の感触。
 けれど。
 それには、ほんの少しだけ、違う味が混ざっている。
 敢えて触れないようにしてくれているのだろうが、先輩が本当に気になっているのは、僕の仕事の内容などでは無いという事を解っているからだ。

 僕たちの共通の知人の話。

 それは僕にとってあまりに大きな存在であったし、先輩もそれを良く知っているから。“彼女”についての話題を避けると言う事は、何となく会話に不自然さをもたらしていた。
 いや。
 避けているのは――僕だ。
 なぜなら、その話題を先輩から切り出す事は、まず有り得ないことだから。

「先輩こそ、お仕事はどうなんですか?」
 僕はその不自然さに気付かない振りをして訊ねる。
「暫くは日本で?」
「まぁ、そうだね。先の事は考えないようにしているけれど。今は新しい場所で精一杯やるだけだから」

 音楽をやっていた人間なら多少は耳にした事のあるであろう賞を幾つか手にして、先輩は日本に帰って来た。
 母校の先生はさぞ鼻高々だろう。

「そうだ。今度の定演聴きに来てよ」
「いいんですか?」
「うん、良い席を用意しといてあげる」
 得意げな笑顔で胸を張ってそう言われてしまうと、何が何でもスケジュールを開けておかなければならないだろう。
「……あ、でも」
「なに?」
「確か、次の定演って……あの子がピアコン弾くんですよね? あの有名な……」
「ああ、早川さんね」
「チケットなんてもう余って無いんじゃないですか?」

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