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「ラストシーン」 p2

20100715

 今にして思えば。その噂は面倒臭がって誰もやりたがらない“委員長”という役職を、私のような馬鹿に押し付ける為に生み出されたものだったのかも知れない。
 しかし当時の私にはそんな事を考える心の余裕など無く――あろう筈も無く。
 或いはそんな噂を信じる程の純真さを持ち合わせていた、ということなのかも知れないのだけれど。
 とにかく、愚かな私は静まり返った教室で右手を掲げ、堂々と名乗りを上げてしまったのだ。

 ――私がやります、と。

*

 私は朝の弓道場の雰囲気が大好きだ。愛していると言っても良い。
 弓道衣の衣擦れの音さえ響く、しんと静まった朝の澄んだ空気。ひんやりとした木床の感触や、部室にある使い古された弓矢のひとつひとつ。それらは三年間の高校生活の中で私の一部になり、それを失うという現実は私をなんだか切ない気持ちにさせた。

 そして今日、3月9日。卒業式の日の朝。
 私は朝練があった頃と同じ時間にあたたかい布団を抜け出し、まだ冷たい初春の風を頬に受けながら自転車を漕ぎ、そして今、この弓道場に立っている。
 今日は朝練が無いようで弓道場には私一人が立っているだけだったが、過去を悔いるには却って好都合だ。
 
 ――息をひとつ、深く吸い込んでから、ゆっくりと吐く。
 私が弓を手に取る際に必ずしていた、ほんの些細な決めごと。そうだ、県大会の決勝のあの日も、丁度こうして大きな深呼吸をした。高ぶる胸の鼓動を抑え、28メートル先の的だけと向き合った――少なくとも、向き合おうと努力はしたのだ。

 私の所為で、チームは負けた。死ぬまで忘れられないだろう。

*

 射の基本動作は八つの節に分けられ、これは射法八節と呼ばれる。その第一節は“足踏み”だ。
 弓を左手、矢を右手に持ち両足を揃える。これを“執り矢の姿勢”と呼ぶ。この姿勢を取ってから初めて射位に入り、足踏みを行うのだ。

 私は一人きりの弓道場で弓を持ち、丁寧にこの姿勢を取った。
 遠くで鳥が鳴く声が聞こえる。

 二週間前に卸したばかりの足袋はまだ真っ白だ。その足で私は、的を見据えながら一足開きを行う。
 もう鳥の声も聞こえない。
 けれど、代わりに聞こえたのは――いつか聞いた、後輩の声だった。

 ――どうして、高橋先輩が部長になるんですか?

 額に汗が滲むのを感じた。まるであの六月の試合の日のように。
 やめてくれ。私だって、好きで部長などという役職に就いて居た訳じゃないんだ。

 ――高橋先輩よりも、遠野先輩の方が良いと思います。

 ちょうど一年前の卒業式の日、そう言った後輩に私は何も言い返せなかった。
 なぜなら。誰よりも、痛いほどそう思っていたのは、他でもない私自身だったのだから。

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